お人形解体新書:ねずみの冒険


 

天気がいいので、少々遠出をした。








電車を乗り継いで、初めての駅に降り立つ。

時々小生は、特に目的もない小さな冒険をする。
 







たいてい駅には案内板や、名所のパンフレットが置いてあるので、それをたよりに出たとこ勝負のぶらぶら歩きである。

「ほほう、近くに温泉もあるらしい。」

日帰り入浴もありだなと考えつつ、線路沿いの花や、個人の庭の花を狩って歩く。
桜狩りならぬ百花狩りである。

リュックサックの水筒にはお茶が入っているので、小腹がすいた折の握り飯なんぞ売っていないか店を探していると、
何やら古いものの匂いがした。

 
さすがにアンティークドールなどはこのあたりではお目にかからないだろうとは思いつつ、
古道具屋を見つけるとついのぞいてしまうのは、職業病やもしれぬ。

とは言え田舎の古道具屋と侮るなかれ。ごくまれではあるが、お宝に遭遇することもある。
もっとも、それらをお宝だと思うのは小生ばかりで、家人曰く「アトリエというよりはネズミの巣」なんだそうだ。
 
「おお、これは・・・」
行李の中に和綴じの本を見つけた。開いてみると虫食いだらけだが繊維の長い和紙であった。
行李には、ばらばらになったページも無造作に放り込んである。カルトンボディーの修理に必要な貴重な紙材であるので、
なるべく白いものを選ぼうと座り込んでかき回していると、底のほうから文庫本の、紐にくくられた塊がでてきた。

挿絵はエミール・バヤール。ご存知、岩波文庫の「レ・ミゼラブル」フランスを代表する文豪ユーゴの代表作であった。

「そのへん、なんでも100円でいいよ。」奥から店主らしい声が。
しめしめと、和紙を何枚かと塊を手に入れた。
 
さっそく公園で手に入れた本を開く。
お目当てはコゼットの人形のシーンである。
 


「やっぱりそうであったか!」


 
小生が子供のころに読んだ「レ・ミゼラブル」は
「ああ、無常」を題された簡易版であったので、人形のシーンの挿絵がなかったのだ!


また、ジャンヌ・モローが修道院長を演じた映画版では、ぬいぐるみの人形をコゼットが抱えていて、
何とも言い知れぬ違和感を覚えていたので、かねてより、ユーゴと同年代を生きたバヤールの挿絵がどうなっているか
見てみたかったのであった。


映画作りも予算の都合があり、高価なアンティークドールを借りるのも大変であることは察しがつくのだが、せめてレプリカなり、もう少し時代考証を忠実にお願いしたいものだと改めて思った次第である。
 


 
ユーゴの人形と言えば、5年くらい前、

「Theriault's auction」

で、家が買えるほどの金額で落札されたユレの人形をご存知に方も多いことでしょう。

ユーゴが知人のお嬢さんの為に、ユレ工房に注文して作らせた人形がトランク付きで出品されたのである。
このマドモアゼルは手入れの為にユレ工房の人形病院へ一度入院し、その時最新の流行ドレスを追加されているので
服飾文化の流行の変換を垣間見ることのできる貴重な存在でもあり、由来がしっかりしている為、そんな途方もない
値段がついたものと思われる。
(ちなみに、ユレの工房が人形の病院と呼んでいたかどうかは定かではないが、手入れや修理に応じていたらしい。)
のちにユーゴは室内装飾など手がけたそうであるから、大変こだわった注文であったろうと思われる。
小生のところに修理入院にやってくるお嬢さん方は、皆、はだかんぼうであるが、ボールジョイント部分の修理の際は
肩幅などが現状と変わってくるので、ドレスのデザインによっては着られなくなっては大変である。

もちろん、その時は持ち主様に、お人形のお洋服のお袖はどのやうになっているのか伺ってから治療方針を決めるので
今のところトラブルはないが、小生も予備知識として知っておかねばならないと思い、
機会あるごとにこのような挿絵も必要な資料として入手しておくのである。






ふと我に返ると、文字が判別できないほど暗くなっていることに気づきあわてて公園を後にした。
ついつい、そのまま読みふけってしまったのである。

腹も減って風も冷たかったが足取りも軽く、意気揚々とねずみの巣穴に新たな巣材を手に帰路についた。

小生、春の冒険物語であった。
それではこれにてごきげんやう。




波平


 
 
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    お人形解体新書 「貴婦人の手」 ・・・お小さい方々へ・・・  


    タイトル 貴婦人の手


     
    小生の文章が、お小さい方々に少々難しいとのことなので、今日はお小さい方々にもわかるようにお話ししようと思う。
     
    そもそもアンティークドールと呼ばれるものはいつごろ作られたお人形なのでしょうか?
     
    お小さい方々は平成生まれでしょうから、
    平成の前の年号は「昭和」
    その前は「大正」。


    さらに前の「明治元年」が1868年
    JUMEAU社の「EJ」が大体その20年前後頃に作られているので、ずいぶん昔に作られたものであることが
    お分かりいただけると思います。


    ちなみに「明治」の前の年号は「慶応」といい、おサムライさんがちょんまげを結っていた江戸時代のことです。
     

    お人形が生まれた時代をフランスでは
    「ベル・エポック(※1)」と呼んでおりますが、その後大きな世界大戦が2度あり、
    戦争によって人も物もたくさん失いました。


    今、日本にいるお人形たちは戦争を生き延びて、はるばるヨーロッパから新たな家族を探して渡ってきたというわけです。



    だから人形病院には、けがをしたり弱ったりしたお人形が、元気な姿を取り戻すために入院してきます。

    小生のお仕事はそのお人形たちを、お小さい方々が大人になるころまでお友達でいられるよう
    壊れたところを修理したり、汚れたところをきれいにしたりすることなのですが、
    どうしてもなおせない特別な部分があります。



    とはいえ、小生の仕事はなおすことなので、「仕事をしなかった」と叱られるかもしれません。
    そこで、先日も持ち主の方あてに次のようなお手紙を書くことになるわけです。
     

    -------------------------------------------------------------------------------------------

     
    前略

    受け取った人形の状態と修理個所を確認していて、思わず笑みが出ました。
    経年劣化(※2)による破損より、かわいがられてよく遊んでもらったためについてしまった劣化ばかりだったからです。
    ボディのスタンプも消えずによく残っているのに、

    手はボロボロ、動かすことによってこすれるボール部分は木地が木目もあらわになっていました。

    でも、なぜか誇らしそうな人形の顔が浮かびました。

    ボディの劣化を防ぐためにも、リペイント(※3)は欠かせない修理ですが、
    すべての劣化箇所を治してしまうと、彼女の歴史もリセットしてしまう気がしました。


    擦り切れた手を見たとき

    「みて!私はこんなに愛されて過ごしてきたのよ!」

    と、彼女にいわれた気がしました。









    人形で遊ぶと一番傷むのは指先です。

    でも、アンティークドールファンが傷んでいたとしても気にしないのも指先です。
    擦り切れた手は彼女の生きてきた歴史でもあります。


    小生にはどうしても指先までをリペイントすることができませんでした。
    このような理由で、劣化を防ぐために透明な塗料でコートし、指先の剥落(※4)は
    そのまま残す修理を施すことになったのです。



    今回は、このような修理方法にご理解いただきありがとうございました。
    小生にとっても、思いの深い修理となりました。このような機会をいただけて感謝いたします。
     
    早々
    平成○年○月○日
    人形病院 波平
    お人形の持ち主様
          机下
     
    ――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
     



    お小さい皆様。

    どなたかから譲られたお人形がありましたら、まずお友達になるために握手をしてみてください。
    もし、その貴婦人(※5)の手がぼろぼろであったとしても、
    今日のお話を思い出してお人形と前の持ち主が二人で過ごしてきた時間を想像してみていただければと思います。


     

    それでは、これにてごきげんやう。



                                      アンティークドールサロン人形病院 Dr. 波平   



         
     -----------------------------------------------------------------------------

    ※1 ベル・エポック:美しき良き時代という意味のフランス語
    ※2 経年劣化(けいねんれっか):長い間に性能や機能が低下すること
    ※3 リペイント:塗り直す修理のこと
    ※4 剥落(はくらく):はがれて落ちること
    ※5 貴婦人(きふじん):優雅で気品あるおしゃれなレディーのこと


    * お人形解体新書「見えない聲」はコチラからご覧いただけます http://blog.antique-ds.com/?page=1&cid=10

    * お人形解体新書「晴耕雨読」はコチラからご覧いただけます http://blog.antique-ds.com/?page=2&cid=10
     
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      お人形解体新書 [見えない聲]

       

       
      当たった!」




      といっても、



      宝くじのことではない。


       

       

      寒々とした北側の作業場に訪れるものといえば、小判ではなく猫くらいなものだ。

       

       

       

      人は忙しいと、気持ちもどこかしら殺伐とするもので、思わぬ事故がおきかねない。


      唯一無二の貴重なアンティークドールを修理する身ゆえ、常々平常心を肝に銘じているわけだが、
      どうしたものかこの言葉を発さない相棒たちは、小生が焦り始めるとそれをいさめるのである。

       



       

       

      この日は、朝からつまずくことが多かった。


       

       

      気持ちが焦れば焦るほど、何かしらトラブルに見舞われ、思うように作業が進まないのである。
      それに加え、先だって引き取った仔猫と先住猫の一匹がうまくいかず、先住猫が四六時中わあわあと騒ぐので
      どうしたものかと考えあぐねて集中できずいらいらしていた。

       


      それで、たまりかねてこの小さな生き物にあたってしまったのである。

       


      「おまえ、よくお聞き、そんなに気に入らないのであれば、仔猫はもとの施設に戻す。それでお前は満足するのだな。」

       

       

       

      そのきつい言葉を、猫は不意に立ち止まり、きちんと座って神妙に聞いていた。

      もともと耳が不自由で聞こえない猫なので

      「聞く」

      というのはおかしな表現なのだが、その時は本当に小首を傾げてじっと小生の言葉を聞いているように見えたのである。

       



      「言い聞かせたところで無駄やもしれん。」

       




      ため息をついたその時、件の仔猫がひょいと先住猫に飛び掛かった。
      いつもなら、フーシャーと喧嘩がはじまるところだが、なんと、先住猫はじっとそれに耐えやり過ごしたのである。



      まるで、先ほどの言葉が通じたかように。

       




       

       

      あまりの奇跡のような出来事に拍子抜けして、いらいらした気持ちが吹っ飛んだ。

       


      ほっとして、穏やかな気持ちで目の前の人形をみたとき、見えない人形の聲が聞こえた気がした。

       




      「出る!!」




       

       

      深呼吸して、慎重にナイフを入れた。

       

       

       

      当たった!


       

       

      ”JUMEAU MEDAILLE D'OR PARIS” 








      ご存知ブルーススタンプである。



       

       

       


       

       

      多大な期待を持たせるわけにはいかぬので言っておくが、このようなことはめったにない。


      オールリペイントの依頼の際、以前上塗り修理されているトルソから、上
      塗りだけを慎重にはがしたとき、運が良ければ現れることがある。

       


      オールリペイント修理は、この万が一があるので修理人の精神的にも、
      また、お客様の懐具合にも大変きつい仕事ではあるが、ときどきこんなご褒美をもらえるので断れないのである。

       



       

       

      こいつは、春から縁起がいいや。

       



       

       

      それでは、上機嫌のうちに是にてごきげんやう。





       


      波平
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        お人形のドクターブログ[解体新書]OPENすることになりました。

        みなさんごきげんよう。



        あるお人形さんが退院を迎えました。




        入院した日はボロボロで


        どうしよう・・・

        という様な子たちが沢山います。





        今日は当店のお人形の病院内についてです。




        ドールサロン(旧星ビル)内には  

        「Doll'sHospital」があります。

        30年以上前からあったのですが、あまり宣伝もしていないせいか知る人ぞ知る病院でありました。

        現在はネットの普及もあり、全国各地から当店の病院へ入院希望のドールが送られて参ります。

        最近では、お人形の病院は空室になったことがない位ベッドは常に一杯な状態なのです。

        当店の病院には、ドクターが数名いますが、

        その中でもアンティークドール専門(特にフランス人形)の修理を行うドクターがいます。


        「かわりもの」


        「生真面目」


        「一本気」


        「少々 空気読めない・・・????」


        という愛されるべき(笑)当店のマイスターなのですが、


        その病院内部で起こった興味深いお話は私たちだけで共有するのは大変勿体無いと常日頃から思っており、

        お忙しいのは十分承知で、ブログ掲載をお願いしてみた次第です。


        そして






        ・・・1年経過・・・・



        本日やっとOPEN!   



        少々文章が気難しいかもしれません(笑)


        そしてブログの内容は気まぐれかしれません。


        しかしながら、お人形のことを好き過ぎてしょうがないという愛すべき私たちのお人形のドクターの特徴がにじみ出ています!




        今後ともどうぞ宜しく。そしていつか1冊の本になることを願っています。




        −−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
         

        タイトル:晴耕雨読

         



         



        仕事は天気のいい日に限る。

         



        特に小春日和の午前中、北向きのアトリエの窓にもさわやかな風が吹いてなんともすがすがしく仕事がはかどるからだ。



        よって、雨の日はお休みすることにしている。

         



        ・・・と書けば

         



        「なんだ、納期がやたらかかると思ったら、さぼっていやがる。」

        なんて苦情の輩が出そうなものだが、雨の日に仕事しないのにも、ちゃんと意味があるのだ。



        修理も修復も、実は湿気との戦いなのである。


         



        なんでも、空港に降り立った異邦人は、匂いでまずその国を知るというが、日本は「カビくさい」というのが一般的な印象らしい。



        今日、大抵の材料には防腐剤等が添加されているが、修復に使う材料は昔から製法は変わっていない。そのため、ちょっと気を許すとカビの被害にあうのである。



        乾燥機を使うこともできるが、修理箇所に厚みがあると、急激に表面を乾燥させれば、乾いていない部分とのギャップで、後々余計な亀裂を生むことになるのだ。



         



        また、コンポジションの材料は、年代やメーカーによって配合が異なり、パルプ繊維が多いものほど、水分が浸透しやすく亀裂を防ぐためのパテ等の水分を吸って膨張し、乾燥が進むと縮むため、やっぱり塗装部分にクラックが出るのである。



        つまり天気がいい空気が乾燥している日は、クラックを最小限に抑えられる絶好の修復日和なのである。



        急がばまわれ。というわけで、晴耕雨読。


         



        無理に雨の日に作業はせず、日がな一日資料や技法の復習につかったり、少し濃いめのコーヒーをお供に、手順計画を練り直したりするのである。



        やあ、また雨が降ってきたようだ。



        それでは、是にてごきげんやう。



         



         

        波平
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